はつらつレポート

生田浄水場残そう 集会に70人集まる

2010年9月26日

お天気は最高。運動会の学校もあるとか。定刻になるまで、人が来るだろうかと入り口に立っておろおろしていたのですが、始まってみれば70人も来てくださり、しかも40人の人は「始めてきました」「駅で署名運動をしている所に偶然通りかかって、参加しました」という方たち。うれしくてドキドキしてしまいました。

DSCF8629 今日の集会のメインは、自治体の水道事業の破綻を解明した、水道問題の第1人者、ジャーナリストの保屋野初子さんの講演です。「私たちの飲んでいる水はどうなるの 広域水道計画は何のために」と題して、話していただきました。いやあ、とても勉強になりました。

私たちの運動は最初は、多摩区の小さな要求でした。川崎市の水道水の中で多摩区だけは、地元の地下水をくみ上げているので、とてもおいしい。きれいにするコストもほとんどかからず、災害のときにも遠くから運ばなくてすむので、安心で安全でおいしくて安い。この地下水をやめるという計画を聞いて、「やめないでほしい」とはじめたのです。

ところが、なぜ地下水と生田浄水場をなくすのかといえば、老朽化した浄水場を直すコストを削減するため。なぜコストをかけられないかといえば、よそから買っている水の支払いがたいへんなため。どこから買っているかといえば遠く小田原の酒匂川の下流から。そこが川崎市も出資して作った神奈川県内広域企業団というところの施設で、企業団は巨大なダムや堰を巨額の費用をかけて作ってしまったので、その借金のために、企業団を作った自治体は抜けられない、だから、借金を返すためには貴重な自己水源と生田浄水場は廃止するしかない。こういう論理だということがわかり、「これは多摩区民だけの問題ではなく、川崎市民全体がどういう水を飲むのかという問題だ」と発展してきました。

DSCF8625 そこで、自己水源を軽視し、大きなダムを作って水道を「広域化」するということに早くから警鐘を鳴らしておられた保屋野さんに、この「広域化」とはどういうものなのか話していただこうと今日の計画になったのです。保屋野さんのお話は、東京オリンピックから始まりました。

足りない水を、遠くにダムや堰を作って引っ張ってくるというのは、東京オリンピックの水不足から始まったことだそうです。オリンピックに間に合わせるために、利根川から水を引くのに突貫工事をしたそうな。

高度経済成長で水需要はうなぎのぼりだったので、東京都が水利権を持つダムを8個もつくりました。遠くの自治体にも大都市がダムを作れるように、法律も予算も組織も整備して、すごいのは、国会で審議をしなくてもダムを作れる仕組みを作ったのです。これが60年代後半から70年代にかけてでした。

川崎も工業地帯がどんどんふくらみ、水の需要は確かに伸びて、工業用水のために、県が提唱した神奈川県内広域水道事業団の設立に加わります。この国が作った仕組みの不幸は、ブレーキがないこと。一度作った計画をやめるという仕組みが組み込まれていないのだそうです。

ところが、オイルショックで水需要は大きく下がります。そこで登場したのが「地方の時代」です。1977年、水道法を改正して、地方もダムを作ろう、そして小さな自治体の水源はなくして、みんなでダムから水を取ろう、という政策になります。

この流れの中で、おくればせながら神奈川も巨大なダムや堰の建設に乗り出します。1985年に県が予測した水需要は東京都全体の使用量を越え、そこから巨大なダムが必要と結論が出ます。総額7700億円という莫大な費用をかけて、神奈川県の清川村というところに宮ケ瀬ダムと、厚木市に相模大堰などを作るのです。

しかし水需要は下がる一方。そこで97年にはすでに、神奈川県内の自己水源、特に地下水はやめさせようという議論がされていることが明らかにされました。

そうか、ダムへダムへというのは60年代からの国策だったのですね。そしてそのつけの尻拭いをどうするのか、という問題が残ってしまったわけです。私たちはたいへんな問題に取り組んでいるわけだ。しかしいずれ誰かがこの借金の山を何とかしなければなりません。

しかも普通の借金と違うのは、このむだなダムや堰は、ほっとけば莫大な維持費やメンテナンスを必要とすることです。借金を返しても終わりにならない。もっと莫大な金をかけて、維持しなければ、山が川が反乱を起こすのです。川崎市民だけでなく、神奈川県のすべての県民がこれをどうするか、考えなければなりません。

フロアからも発言がありました。「もうこれは破産させて出直しさせたらどうか」。「川崎だけ先に脱退してしまえは借金を負担しなくてもいいかも」という案も出ました。保屋野さんは、「全国の大問題ではあるが、わずかな特殊な例を除いてまだどこもダムから撤退したところはない。こうして問題が顕著になって運動をされているところから、神奈川から発信することが大事ではないか」と、かえって激励をされてしまいました。

DSCF8638 「市長は『川崎にはいろんな資源がある。その資源を生かす』といつも言っているくせに、こんなに貴重な川崎の地下水という資源を切り捨てるつもりか」という意見が出され、「タウンミーティングなどでみんなで意見を言おう」と提案もありました。

「でもどんなにがんばっても押し切られるのではないか」という質問に私から「世論が政治を動かすいちばんの力。署名も1万を越えてまだ集まっている。議会を動かし、市長も動かそう」と、こたえました。

いよいよ相手が大きいことがわかって、たいへんだという思いもしましたが、70人も集まってくれた皆さんの熱い思いが、それを何とかできるのではないかとかえって勇気のわいた集会でした。