はつらつレポート

思い出の学童ホールがなくなってしまいました

2011年3月21日

untitled わが子が3年間、本当にお世話になった学童ホールが、経営難のため閉鎖になり、そのお別れの謝恩会が開かれました。本当に残念でたまりません。100人以上の父母、卒室生、現役の子どもたちなどが集まり、思い出に浸りました。学童があってよかったという思いは今でも薄れることがありません。

もともと大変な経営難でした。10年前、阿部市長が当選してまっさきにやったのが、このなごみ学童ホールの補助金の廃止でした。2年間大変な運動を行いました。2万もの署名を集め、補助金の存続を求めました。2年は延長になったものの、2年後に待っていたのは、市内の学童の全廃による補助金の打ち切りと、わくわくプラザへの統合でした。

以来、市内の学童ホールはすべて自力で運営してきましたが、とても持ちこたえることができず、なごみ学童もついに続けられなくなりました。

 untitled この謝恩会には最後まで参加できませんでした。もちろん仕事があったからではありますが、川崎市の補助金を復活できなかったことへの、自分のふがいなさが何よりの理由です。自分も役員をしている福祉会の決定なので、責任もとても感じています。阿部市長は、学童は絶対に認めていません。わくわくプラザに統合したといいはります。でもどれだけ多くのこどもたちが、学童にいて救われているか。ここは生活の場、親がいない間の自分の家です。指導員の先生が親のように見守ってくれていることがどれだけありがたいか。この思いを、市長にわからせることができなかった。その申し訳なさでいっぱいです。

絶対に復活させたいと思います。なんとしても補助金を復活させます。そのために、仲間のみなさん。学童のすばらしさを忘れないでいてください。復活するとき「こんなにいいところなんだよ」と子どもたちに伝えられるように。