はつらつレポート

災害の復興とはどうあるべきかー研修会に行ってきました

2012年4月27日

「建設政策研究所」という建設関係の団体が議員研修会を開いてくれました。公共事業や入札制度のあり方、まちづくりの方向性など、建築の専門家や学者さんと全国の地方議員が話し合う貴重な機会です。そのなかで、私は「災害復興の備えを考える」という分科会に参加しました。

講師は兵庫県震災復興研究センター事務局長の出口俊一さん。神戸の震災復興にずっと中心的にかかわってこられた方です。阪神大震災から17年。この17年間に防災や復興支援の仕組みは大きく変わりました。一番変わったのは、個人の住宅再建を国が支援するようになったことです。「個人の財産に税金は使わない」というかたくななあの国の政治を、ほんとうにこじあけるように運動で変え、自分たちは適用にならなかったけれど、「被災者生活再建支援法」という法律に結実しました。その当時私は国会にいて、法案の成立の瞬間本当に感動したものです。そのたたかいを作ってこられたのが、出口さんたちでした。

しかし兵庫では17年たっても、本当の復興になっていない。いまだに孤独死が問題になり、公営復興住宅の居住期限がせまっていて、年を取ってからどこかに行かなければならないという問題が起きています。震災後わずか2カ月で決めてしまった再開発計画のせいで、まちががらんどうのところもあるそうです。この17年間、大きな震災がいくつもありました。そのたびに防災や復興の仕組みの不備が問題になり、そのたびに、教訓が生かされていないことへのいらだちがあると受け止めました。

私の問題意識は、まさにそこにあります。日本で地震を避けることはできません。しかし、被害を少しでも食い止めることはできます。とりわけ、首都圏の巨大地震は、これまでのたくさんの犠牲の上につみあげられた教訓をしっかり生かさなければならないと思うのです。「わかっていたのに手立てを取らなかったから命が失われた」ということを繰り返してはならないと思うのです。

出口さんは、まず、「復興とはなにか」と問題提起されました。そしてずばり「自然災害に遭遇して落ち込んだ被災者の生活を迅速に元に戻すこと」と言い切りました。神戸市が、「この機会にまちの線引きを見直して、新しいまちをつくる」と、都市計画決定を強行しました。そして今、宮城県知事が「小さい漁業はこの機会に無くして、株式会社にまとめて、水産特区を作る」と言っています。これは本当の国民のための復興ではない。みんなが元の平穏な暮らしを一日も早く取り戻すこと、「人間の復興」が基本なんだと言われて、「ああ、わが意を得たり、だ」と思いました。そのうえで、地震が起こる前から、その復興のために何が必要かという知恵を絞ろう。すでにたくさんの教訓がある、と、4時間以上にわたって、本当に広範囲の話をしてくれたのです。

4時間分の話を全部振り返ることはとてもできません。まず国の制度に大きな不備があることが自治体の手足を縛っていることがわかりました。同時に、自治体は防災計画をしっかり見直して、今できることをすべて準備することが必要であること、それをすれば、後から命を失うこともないし、何年も苦しむこともない。そういう自治体であるべきだと思いました。なによりも、燃えないまち、倒れない家、倒れない家具にしておくことが被害をまず最小限に食い止められる。あたりまえなのにちっともできないのは、行政の支援が足りないからだということは、もう常識のようになっています。繰り返し言い続けなければならない、と思いました。