はつらつレポート

大船渡・陸前高田を視察しました

2012年5月16日

PENTAX DIGITAL CAMERA 共産党市会議員団で岩手県大船渡市、陸前高田市にいってきました。震災がれきを広域処理する計画が始まっており、川崎市も受け入れを検討していることから、現地の自治体のお話を聞き、現状を見て来ようということで計画したものです。

私は被災地にきたのは2回目でした。昨年7月に宮城県石巻市に行って以来です。大船渡も陸前高田も被害は甚大でした。被災から1年もたつのに、ここに市街地があったなんて信じられない、広漠とした空き地が広がっていました。復興というのはいったいどうなっているのか、ここの人たちはどうしているのか、と次々に想いがこみ上げてくる風景でした。対応してくれた大船渡の職員の方も、陸前高田の職員の方も、そのつらさをにじませていました。

 IMGP0877 仮設住宅に入って1年近くたち、「これから自分たちはどうなるのだろう。どこ住み、どうやって生きていくのだろう」という心の苦しさがいよいよ増していると言います。元気な人でも血圧が上がっている方もいるそうです。職員も被災し、亡くなった人も少なくない中で、復興計画を立てて、新しい家を建てる場所を考えたり、その補助金をどうするか考えたり、商売の再開はどうするか、雇用をどうするか、課題は山ほど。何もなくなってしまったところから市民の生活を再建しなければならないのです。

  陸前高田市では、もう海のそばの平地にすむことはできないので、高台に集団で移転することが提案されています。しかし、なにもない山の中を整地し、そこに家を建てるだけでは生活はできません。コミュニティを作らなければ、まちにはならない。商店があり、病院があり、役所に行くバスがある。そうやって初めてそこに住み続けることができます。駅はどこに作るのか、役所はどこにおくのか、一つ一つ決めて、手立てを取って解決していかなければなりません。

IMGP0887  震災によって生じたがれきの処理がすすめられているところですが、当面利用計画のない沿岸部につくられた仮置き場にがれきは積み上げられていました。
がれきは徹底した分別を行っています。まだ集めたままのがれきの山が「木材」「金属くず」「漁網」など種類ごとに二次選別場に積み上げられていて、柱1本1本を重機で持ち上げては分けているという状況でした。その分別も最後は手作業に頼っていました。両市は大きなセメント会社がすぐそばにあって、分別した後の燃やせるものの多くはそこで処理しているとのことです。

実際に処理を始めてみて、推計していた量よりも遙かに多いがれきがあることがわかってきたそうで、陸前高田市では当初90万トンの予想が、現在は150万トンになっています。この増えた分は田んぼに流れ込んできたガラスなどが大量にまじった土砂だそうで、処理方法がなく困っているとのことでした。また大船渡では「埋め立てるしか方法のない漁網に困っている」といわれ、自治体によってぶつかっている問題が違うことがわかります。一つ一つの自治体の実態によりそって、個別に考えなければならないことがわかりました。