はつらつレポート

岩手県の視察~その1 宮古市

2012年7月11日

IMGP1290東北を視察にきたのは3回目です。石巻、陸前高田と大船渡、そして今回の宮古と住田。震災から日にちがたつにつれ、町の見た感じはどんどんよくなっていますが、地元の方から話を聞けば聞くほど、復興と呼べるにはまだほど遠いということを実感します。

宮古市は2年ほど前だったか、視察に来たことがあります。住宅リフォーム助成制度をつくって、町の経済が大いに活性化したということで有名な町でした。私たちが歩いているときも工務店の軽トラックと何台もすれ違い、飲み屋さんが何軒も軒を並べてにぎやかでした。その町が津波で大きな被害を受けたのです。

駅からのメイン通りはほぼもと通りになっていました。住宅リフォーム制度があり、それを使うと国などの支援の上に10万円助成されるので、そのぶん市の支援が手厚く、立ち上がりが早かったのだそうです。リフォーム制度で元気になった地元の建設業者のみなさんが、いちはやく国の支援を待たずに町の中で仕事を始めてくれたこともよかったとのことでした。がれきの山をどけ道をあけたのは地元をよく知る建設の人たちだったそうです。全国から支援に来る人たちのために飲食店の復旧を促進したのも市の方針でした。それによって地域経済はまた回るようになっているそうです。日頃から地域を大事にする姿勢がこういうところで生きるんだなあと実感しました。

 IMGP1287 しかし被害の大きかった田老地区は、津波で完全に持っていかれたところは、土地の利用制限がかかり、家の基礎だけが残る原野に、雑草が伸びていました(一番上の写真)。田老地区は、昭和8年の大津波を教訓に「万里の長城」ともいわれた高さ10メートルの防潮堤をつくり、さらに戦後その外側に高潮堤も作っていたので、まさかこれを乗り越えて津波がくるとは思わなくて、逃げ遅れた人がたくさんいたということでした。完全に破壊された高潮堤(右の写真)はあまりにも無惨で、防潮堤はかたちはあったものの、その内側にあったはずの家がなにもない、ただそびえている防潮堤をどう考えればいいのか。何度見てもこの光景には声も出ませんでした。

宮古を視察したのは、岩手県が市内にがれき処理の仮設焼却場を作っているからです。国から全国の自治体にがれきの広域処理の依頼が来ていますが、私たちになにができるか、現場の声を聞くためです。県の担当者から、岩手全体の処理状況を伺い、実際の焼却プラントも見学しました。国の示した期限は平成25年度末。あと1年半で、岩手の場合は燃やせるものの処分のめどはついたそうです。しかし、問題は処理方法がなく埋めるしか方法のないもの、細かい木くずや金属の混じった土とか、漁具・漁網のようなものです。これらを広域処理でお願いしたいが、お願いするにも処理方法を決めてからでないと、お願いできない。どうしたらいいかまだわからない、というお話でした。

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仮設焼却場は、本当に仮設で、たまたま土地があったからできたようですが、騒音や排ガス対策などの点で、これは町中には作れないなあという感じでした。いますぐ川崎が岩手県のがれきを受け入れるという話にはならないようですが、いざ自分たちが被災したら、いったいどうなるのか、これは難しいことだと、つくづく思いました。