はつらつレポート

生田浄水場は残すべきです―12月議会一般質問その1―

2007年12月26日

2007,12,26, Wednesday

12月議会の一般質問で取上げたテーマを詳しく書こうと思います。第一回目は生田浄水場です。
11月、川崎市の浄水場を見学して、川崎市の水がおいしいのは、水源がきれいだからと実感しました(11月10日のホームページに書きました)。その水源のひとつ、多摩区菅、中野島にある地下水のくみ上げをやめて生田浄水場を廃止するということが、「川崎市水道事業再構築計画」で明らかにされています。こんなきれいな水が目の前にあるのに、やめてしまうなんてどうしても納得がいかないので、とりあげました。
まずただしたのは、川崎の水道の歴史です。疑問の発端は「なぜ多摩川の水があるのに、わざわざ相模湖から引いているのか」ということでした。『川崎市の水道 八十年史』という立派な本があります。ひもといてみました。川崎の南部は地下水には鉄分が多く飲料水には適していませんでした。江戸時代、難工事のすえ二カ領用水ができて、かんがい用水とともにようやく安全な飲料水を手に入れます。しかしこの水をめぐって激しい争いが絶えず、平等にわける円筒分水が作られるのです。しかし、明治になって工業が始まり、人口が増えます。この需要に迫られて、多摩川の水を取るためにいまの中原区宮内と多摩区稲田堤に取水場が作られます。これが川崎の水道の発祥です。さらに人口が増え、多摩区菅で地下水を取り生田浄水場が作られます。それでも足りません。対岸の東京も同じ状況で、川崎がこれ以上多摩川の水を取る権利を得られず、ついに昭和10年代、相模湖に手を伸ばすのです。工事は戦争で一時中断。その後落盤事故で犠牲者も出しながら1947年(昭和22年)、相模ダムが完成し、32キロのトンネルを流れて長沢浄水場に水がやってきたのです。高度成長期に多摩川の水が汚れ、宮内と稲田堤の取水場は廃止になりますが、相模湖と菅の地下水で川崎の市民の飲み水は十分まかなえるようになりました。栗冠(さっか)水道局長は「安定した水量を確保するために、より遠方へ水源を求めた歴史」と述べました。この歴史は川崎市内の小学校4年生でみんな学習するのだそうです。
いま、菅の地下水は市内唯一の水源です。これをやめて、遠方の水源ばかりになってしまったら、万一のとき大丈夫なのか。大規模災害が心配されているなか、誰もが持つ疑問でしょう。私は「近いところにある自己水源は重要ではないのか」と聞きました。局長は「地下水も含めて自己水源は重要。地下水も非常時の飲料水として活用する」とこたえました。非常用には必要ということは、水源としてなくしてはいけないということを証明したようなものです。議論としては廃止はおかしいということに行き着かざるを得ません。
しかし、市は再構築計画に固執します。それはどうしてか。もっと遠い水がたくさんあるからです。川崎市は県、横浜市、横須賀市と共同出資して、1969年、神奈川県内広域水道企業団をつくり、現在県東部に水を供給しています。水源は酒匂川下流の飯泉取水堰。川崎に来るまでに56キロの距離を要します。丹沢湖の三保ダム、宮ケ瀬湖の宮ケ瀬ダムを作り、相模川下流に相模大堰と、莫大な投資をしました。もともと川崎はこの企業団の水は飲料水としてはそんなに必要ではありませんでした。しかし当時の市内の大企業が工業用として大量に水を要望したので買うことにしたのです。いまでも企業団の水道代はこの市内大企業が契約してはらっています。でも、もう大企業は海外へ移転してそんなに水はいらないのでやめたくてしかたありません。そこで、企業団の水を自己水源の水に混ぜて、料金も市民の負担にする。これが再構築計画の中心点なのです。
ただでさえ供給能力は、今の水の需要を上回っています。これからさらに水需要は減ると予測されています。企業団の水をそのまま買い続けることを前提にするのなら、自己水源を減らすしかありません。生田浄水場は老朽化していてこの改修にはコストがかかる。だったらやめてしまえば効率的。これが生田浄水場の廃止の理由なのです。そして企業団の水を飲料水に受け入れるための準備も始まっています。長沢浄水場の大改修です。企業団の水源は市街地を流れる川の下流のため、においなどがあり、相模湖の水や地下水に比べて浄化のプロセスを増やす必要があるのです。大阪市などのように相当なコストがかかる「高度処理」をしなければならない可能性もあり、その用地も確保する計画です。
私は最後に局長にただしました。「企業団も今後の水需要を見通し、見直しを行っている。全量を買い続けることを規定のこととしなくてもよくなるかもしれない。生田浄水場も数年間は使う計画だ。この間にもっと市民にこれからどうしたらいいのか、きちんと聞く必要がある。市民の声をもっと聞くべき」と。これに対し局長は「(再構築計画を)ホームページなどでお知らせする」と述べるだけでした。
「水というのは争わなければならないほど大事なもので、命をつなぐもの」とつくづく思いました。市民に対して、自分たちの飲み水はどこから取ってどうやって蛇口まで来ているのかちゃんと知らせずに、勝手に、あっちをやめてこっちになんか作って、というのはおかしいと思うのです。まして、目の前の自己水源をなくす理由が、大企業の水道代を減らすためというのは、絶対におかしい。歴史は誰がどういう経過でこういう水道の体系にしたのかを明確に示しています。それもすべて市民に知らせた上で議論するのが当たり前ではないでしょうか。まだまだ知りたいことがたくさんあります。企業団の水を減らすにはどうしたらいいのか、生田浄水場の改修コストはそんなに莫大なのか、高度処理のほうが莫大ではないのか…。それらもちゃんと市民が知ったときに初めて結論が出るのではないかと思うのです。皆さんのご意見をお待ちしています。