はつらつレポート

川崎市の水道が100周年を迎えました

2021年7月16日

IMG_3963[1]7月16日、川崎市は「水道100周年記念式典」を開催しました。大正10年7月1日に旧川崎町が近代水道を開いてから100年。その歩みを100人を超える市民とともに知ることができ、改めて川崎の水道の大切さを知る機会となりました。

式典では、市長があいさつしたあと、市議会議長のあいさつがいつものように続いたのですが、そのあとの厚労省の水道を担当する部署の局長の祝辞で、川崎市が全国に先駆けて浄水場の統廃合などのダウンサイジングを行い、全国の好事例になっていることが紹介されました。総務省の地方財政を担当する局長の祝辞では、「効率化」「持続可能」などの言葉が並び、川崎が先進を切ることの期待が語られていました。いま、水道は民営化の焦点であり、国がわざわざ川崎に祝辞を述べにくるような立ち位置にいるのだということがよくわかりました。

215595801_1865077523674167_3174262148754651047_n100年の歩みを紹介した川崎市の大澤上下水道事業管理者の解説や、30分もの立派な100年の歩みを紹介するプロモーションビデオで、この100年の間、人口が急増し工業都市となっていく川崎でいかに水道が重要な役割を果たしたか、そのためにどれだけの苦労があったか、がこもごも語られました。なにより川崎の自慢は、水源池から末端の家庭まで、ほとんど電力を使わない自然流下で水が運ばれているということ。こういう地形を選び、水道管を作ってきた先人たちの知恵が今に生きているのです。生田浄水場が作られた経過も紹介され、市民が水に困らないように考えられてきたことがよくわかりました。

記念講演で東京都市大学の長岡裕教授は、そのことに触れて川崎の水道は全国に誇れるものであること、技術を職員が継承していることも大きな特徴だと触れました。広域化、民営化が叫ばれている中で、自治体の独自の水道を職員が直営で守っていくことの大事さが語られ、私は本当にその通りだと思いました。

214308364_1865077677007485_4473357839688751368_n議員になるまで、そして生田浄水場の廃止反対にかかわるまで、自分の飲んでいる水がどこからきているのかすら知らなかった私は、いま、生田浄水場の復活をライフワークにして川崎の水道を守っていきたいと思っています。それは先人たちのおもいそのものであったこと、その道は間違っていないことを確信した記念式典でした。お土産に100年史の概要版が配られ、味わいながら読んでいます。ロビーには、偶然最近発見された「大正8年 川崎町」と刻印された鋳鉄管が展示されており、歴史の重みも感じましたなんだかうれしい一日でした。